私は、グラフィティーアーティストの BNEです。10代だった90年代の頃、ストリートで自分の名前を書き始めました。街中をタグで埋め尽くした後、国中へと行動範囲を広げました。何年か掛けて世界中を旅しながら、地球の大部分をロゴで被い、その道中違う言語や文化を学んで来ました。
そのうち、世界中のみんなが知っている、でも製品もサービスも売らない「BNEブランド」が出来ました。この事実自体が、自分にとってはアートだと言えます。そしてこれは、私のしてきた事が、何億万もかけたグローバル広告キャンペーンと同じと言う事を意味しています。このキャンペーンは、何百万人もの人達が知る事になり、世界的に有名な広告代理店に衝撃を与えたりもしました。
有名になるにつれて、個人からも企業からも、色々な人達から、色々な物を売る為に、私のライフワークを使用したいと言うオファーが相次いで来ました。ホントに欲が深くて勝手な人達で、自分達の利益以外、例えば、私やグラフィティ文化などは、どうでも良いと思ってるのが明らかでした。こういう人達と接触する事で、元々強くなりつつあった、強欲に対する嫌悪感は、ますます強くなる一方でした。でも最終的には、この鬱陶しいと思う気持ち、不愉快な事こそが、私を天職に駆り立ててくれたとも言えます。
アートを通じて、自分が世界に届く声を持ってる事、この声を、有益な事に使わないなんて、もったいないと言う事に気づきました。自分で創り上げたブランドを使って、社会的にポジティブな変化を起こさなければならないと思っています。
旅してる間、世界一貧しいスラムにもいくつか行き、何十億もの人達が苦しめられてる極貧や、すさまじい不公平を見てきました。熟考、1年以上のリサーチ、1人の貧しいインドネシア人女性との偶然の出逢いを経て、貧困に対して自分に出来る一番効果的なことは何か、結論を出しました。発展途上と呼ばれる国の人達に、清潔な水と衛生設備を提供する事。これが私の今しなくてはならない事だと。
突き動かされるような衝動の中、どうしたら状況を変える手伝いが出来るのか、方法を考えました。いわゆるゲリラマーケティングと広告は得意分野の為、口コミを起こすのは難しくないはず。難しいのは、実際の資金の工面だと思いました。
グラフィティの本来の目的は、声なき者に声を与える事です。世の中では、何十億人と言う人達が、誰にも耳を傾けてもらう事のない状況で貧困にあえいでいます。だから、仲間のグラフィティーライター達、アーティスト、その他すべての人達へ伝えたい。私達が困ってる人達に声を貸しさえすれば、世界を変えることが出来ると言う事を。
「BNE」と言うブランドは、既にアーティストとしての私一人を指すも物では有りません。社会の歪みによる声なき犠牲者の為の「声」になりました。BNEは、世界中いろいろなバックグラウンドを持つ、あらゆる人達がサポーターとして集まったムーブメントなのです。私達は、これからもどんどん成長して行きます。
私達と一緒に「リアル」な事をしましょう。
私達が行動しなければ、誰が行動するのでしょう?
Peace & Love
- BNE














